名城から知る人ぞ知る城跡まで――お茶の香る限定御城印も!?大御所・家康公の歴史をたどる「市内4つの御城印」めぐり
新茶が爽やかに香る初夏の静岡市。徳川家康公が愛し、大御所政治の舞台となったこの地には、さまざまな時代の城や陣屋が点在しています。 今回は、静岡市内で手に入る「4つの御城印」をピックアップ。静岡市を代表する名城から、戦国時代の面影を残す山城、そして江戸時代の趣をそのまま残す貴重な陣屋まで、知れば知るほどディープで深掘りしがいのある物語が揃います。それぞれの見どころと、おすすめの巡り方を紹介します。
目次

【駿府城公園】お茶の香りがする!?茶どころが連携した限定御城印

まず足を運びたいのが、駿府城公園。ここは、徳川家康公が自ら築城を命じた居城・駿府城の跡地。家康公にとって駿府は、人質として過ごした幼少期から少年期、天下人への足がかりを築いた大名時代、そして天下を動かした大御所時代と、人生で3度も暮らした特別な地であり、様々なエピソードが残されています。
その一つが、お茶にまつわる物語です。駿府城を最後の居城に選んだ家康公は、のちに「駿府御用茶」となる本山茶(ほんやまちゃ)の生産を奨励するなど、静岡茶の発展における大きな推進者でもありました。

そんなお茶にゆかりの深い駿府城をはじめ、現在は静岡県内の茶どころの名城が連携した「静岡お茶の五城 御城印」が、駿府城公園で頒布されています。実際に「お茶の香り」がする用紙が使われており、お城ファンならずとも手に入れたい風情ある御城印です。
御城印を拝受した後は、家康公ゆかりのお茶でいっぷくしてみませんか。
紅湯山庭園
駿府城内にある紅葉山庭園では家康公が愛した御用茶のルーツである「本山茶」を、美しい庭園を眺めながら茶室で味わえます。
静岡市歴史博物館「hugcoffee」
巽櫓を前の前に位置する静岡市歴史博物館館内1階では、家康公が林香寺でもてなされた山椒の葉が入ったお茶の話にちなんだ「山椒緑茶ラテ」を提供。緑茶の旨味と山椒の爽快感が調和する新感覚の1杯です。
【小島陣屋】城に匹敵する石垣と当時の建物がそのまま残る、江戸時代の趣を伝える貴重な陣屋

興津川の上流,山あいに位置する「小島陣屋」は、知れば知るほど奥深い城づくりの面白さに出会える、城に興味が湧く名所です。
そもそも「陣屋」とは、城を持たない一万石以下の大名などが構えた居所(役所兼住居)を指します。
徳川将軍家の譜代大名である松平氏が構えたこの小島陣屋も一万石であり、幕府の規定によってお堀や本格的な城郭を築くことは許されませんでした。 しかし現地を訪れると、その小さな規模という言葉からは想像もつかないほどの光景が広がります。
まるで本格的な「城」を思わせる立派な高石垣が築かれており、陣屋とは思えないほどの規模感に圧倒されます。

この陣屋が持つ最大の価値は、全国的にも極めて珍しいことに、当時の陣屋建物の一部(書院・現在の小島町公会堂)がそのまま残っている点です。こちらは土日のみ中が見学可能となっています。
一歩中へ入ると、そこには江戸時代にタイムスリップしたかのような空間が広がります。
部屋の向こうに見える山々の風景は、当時から変わらないであろう極上の癒しの景色。「かつてのお殿様も、この景色が好きであったのだろうか」と、当時の暮らしに思いを馳せる贅沢な時間を過ごせます。また、そのまま残る欄間には、一万石の大名らしからぬ謎めいた細工が施されているなど、知れば知るほど深掘りしがいのある謎が秘められています。

この建物にいらっしゃるガイドの方のお話によると、陣屋のすぐ隣を流れる川は、お堀の役割を果たしているのではないかという説もあるそうです。陣屋という制限がありながらも、なるべく城に近づけようとしたのではないかと思わせる、当時の人々のこだわりと城づくりの工夫が、お話を伺うことでより鮮明に見えてきます。

また、陣屋では地域の方々によって作られた昔ながらの「竹とんぼ」や「風車」も販売されています。こののどかな風景の中、江戸時代に没入しながら、思わず手に取って遊びたくなるような懐かしい魅力に溢れています。
さらに、登城の記念となる「小島陣屋 御城印(500円)」もこちらで購入可能です。御城印には、この現存する建物とともに、陣屋の名物である石垣が描かれています。現地で見上げる石垣は1段だけではなく、3段ほどに重なる見事な構造になっており、そのお城さながらの石垣が1枚の御城印の中にも表現されています。

江戸時代の佇まいが残る貴重な建物の中でじっくりと歴史に浸り、陣屋としては謎なほど規模が大きい、この3段の石垣を確かめてみてはいかがでしょうか。
【蒲原城跡】駿河湾を見下ろす、戦国大名が激しく奪い合った要所

東海道の宿場町として栄えた蒲原宿のすぐ上、北側の山に位置するのが「蒲原城跡」です。
現在は跡地となっていますが、ここは徳川家康公の時代よりも前、今川氏、武田氏、北条氏という有力な戦国大名たちが激しい争奪戦を繰り広げた要所でした。
この城は各大名にとって国境近くの戦略的な拠点であり、時代ごとに城主が激しく入れ替わりました。
特に永禄12(1569)年の武田信玄による駿河侵攻の際には、北条氏が守るこの城を武田軍が猛攻し、激しい戦いの舞台となった歴史を持っています。

かつての激戦地も、現在は静かな城跡となっています。ここでは「土の城」と呼ばれる、石垣のない山城の造りを観察することができます。
土の城とは、石を積むのではなく、山の土を削ったり盛り上げたりして敵を防ぐ壁や溝を造った、戦国時代ならではの臨戦態勢の城のことです。
そして、この城跡から見たいのが、目の前に広がる駿河湾の景色です。蒲原宿の真上という高台から遥か広がる海を見下ろすと、当時の兵たちも同じようにこの海を眺めながら、時代の行方を見つめていたのだろうかと想像が膨らみます。

この登城の記念となる「蒲原城 御城印(500円)」は、山の下にある蒲原宿の「旧和泉屋お休み処」で購入することができます。
御城印には、山の上に築かれた城の構造がそのまま描かれており、この地が険しい山城であった歴史の記録となっています。

蒲原宿を訪れた際は、ぜひその上にある城跡まで足を延ばし、戦国大名たちが奪い合ったその立地と海を見渡す景色を体感してみてはいかがでしょうか。
【久能山城(久能山東照宮)】家康公が眠る聖地、城の歴史を経て神社へと変わった舞台

駿河湾に面した、険しい崖のような山の上に位置する「久能山城」は、現在は徳川家康公を祀る久能山東照宮として知られています。
この地は元々お寺でしたが、戦国時代に武田信玄が、お寺を移転させて堅固な城を築きました。武田氏の滅亡後は徳川家康公の城となりました。その後、江戸時代になって家康公の遺言によってこの地に遺骸が葬られ、現在の久能山東照宮となりました。
この歴史を体感した後に手に入れたいのが、今年度デザインがリニューアルされた「久能山城 御城印(500円)」です。新しい御城印には、武田家と徳川家の家紋のデザインがあしらってあり、両家にゆかりのあるお城であることを示しています。

この御城印は、敷地内にある久能山東照宮博物館で受けることができます。現在こちらの博物館では、金陀美(きんだび)具足や歯朶(しだ)具足をはじめとする、徳川家ゆかりの甲冑を見ることができます。
なかでも、家康公が着用したとされる「歯朶具足」は、将軍代々作ることが慣例となったため15代分が存在しています。今回の展示ではそのうち、4代家綱、7代家継、11代家治、12代家慶の4つの歯朶具足が並んで展示されています。

一見すると同じように見える甲冑ですが、よく観察すると兜にあしらわれたシダの葉の形状にそれぞれ異なる特徴があり、その細かな違いを比較できる見どころとなっています。

また、展示されている家康公の武将図にも非常に珍しい特徴があります。後に徳川家を去り、豊臣秀吉の家臣となった重臣・石川数正が、家康公を支えた武将の一人としてそのまま描き込まれている、極めてレアな構図の図を間近で見ることができます。

御城印にあしらわれた家紋の歴史を確かめるように、博物館に並ぶ貴重な甲冑や武将図の細部をじっくりと観察してみてはいかがでしょうか。
現在の静岡市には、今も姿を留める貴重な石垣や、築城当時の面影を残す城跡が点在しています。
どの城跡の周りにも、時を経ても変わらない豊かな緑があふれています。ちょうど今は瑞々しいお茶の季節。かつての主たちが見つめたであろう、緑ざわめく新緑の景色やお茶の味わいを季節の風と共に楽しみながら、それぞれの城跡が紡いできた物語にそっと思いを馳せて、御城印巡りの旅を楽しんでくださいね。
ライター紹介:大倉麻衣子
歴史・文化・神社仏閣ライター。
神社仏閣や史跡を中心に、徳川家康公ゆかりの地をはじめとした、静岡市に残る歴史や伝承について、文献調査や現地取材を重ねながら、とくに各地に語り継がれてきた伝承や物語に注目して執筆しています。
地域に受け継がれてきた背景や物語を丁寧にひも解き、「歴史ツウ」になれるような情報をお届けします。



