スポット・体験
- 静岡市の温泉&日帰り温泉施設16選

- https://stg.visit-shizuoka.com/feature/detail_66.html
- 家康公の大御所時代、駿府が日本を動かしていた。

- https://stg.visit-shizuoka.com/feature/detail_35.html
- 四百年前の輝きを取りもどした家康公の墓所。

- https://stg.visit-shizuoka.com/feature/detail_9.html



明治のトンネルは、静岡市と藤枝市岡部町を結ぶ宇津ノ谷峠に明治9年(1876)に開通しました。明治時代の貴重な文化遺産ということで、平成9年に現役のトンネルとしては初めて「明治宇津ノ谷隧道」として国の登録有形文化財に登録されました。また、日本初の有料トンネルとしても知られています。

カルチャー、観光、レストの3つのエリアから成り立っており、由比地区の歴史に触れたり、観光情報の発信、地域のふれあいの場として多目的に利用できる施設です。


静岡市埋蔵文化財センターは、明治の元老井上馨の別邸「長者荘」の跡地に埋蔵文化財の整理・保管と活用を目的として建設され、平成16年に開館しました。 埋蔵文化財センターでは、静岡市内の遺跡の発掘調査の出土品の整理作業や報告書の作成作業を行っています。報告書が作成された出土品は収蔵庫に保管され、展示や講座などに活用されます。 埋蔵文化財センター1階は、公…

その名も「次郎長通り」という商店街にあり、清水次郎長や大政、小政の写真、次郎長が使った道具類、資料などを展示。居間なども当時のままに保存されています。次郎長の本名は山本長五郎。山本次郎八の養子で、次郎八の息子の長五郎だから「次郎長」と呼ばれました。次郎長にちなんだお土産物も多数。何でも願い事が叶うという「勝札」が人気です。*建物の老朽化が進んだた…

坤櫓は、駿府城二ノ丸の南西に位置する櫓で、土台、柱、梁といった建物の骨組みに釘などを使わない伝統的な木造工法により、平成26年に復元されました。各階の床板と天井板を取り外した吹き抜け空間にしているため、床下から天井まで、二重三階の櫓の構造を見通すことができます。

巴川河口の甲州廻米置場跡の石碑が建っている場所は、江戸時代に甲州や信州からの年貢米が集められた場所です。石碑の向かい側には今でも山梨県の県有地があります。
大正3年に改装された洋風建築で、国登録有形文化財。既に建てられていた町屋を元に、ガラスと下見板をはめ込んだ独特なデザインで、軒蛇腹(のきじゃばら)や軒下の歯型飾りなど洋風の意匠は必見です。 平成23年9月静岡市地域景観資源に指定されました。

旧マッケンジー邸の通称で親しまれている海岸沿いに建つ白い壁が美しい洋館で、昭和15年に竣工した故ダンカン・J・マッケンジー、故エミリー・M・マッケンジー夫妻の旧宅として、国の登録有形文化財に登録されています。夫は茶貿易商として、夫人は社会福祉家として静岡市にゆかりのある人物で、夫人は静岡市の名誉市民第1号でもあります。建物の設計は日本各地に多くの…

100年前の世界にようこそ。旧エンバーソン住宅は、カナダからキリスト教伝道のため派遣されたロバート・エンバーソン師の自邸として、明治37年に建築された建物で、市の指定有形文化財に指定されています。洋風仕様と和風仕様が融合した明治時代の洋館建築独特の雰囲気を有しています。日本平動物園すぐ隣です。日本平動物園にお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

久能山東照宮博物館は、徳川家康公を祀る久能山東照宮に付属した博物館です。徳川家康公が関ヶ原合戦で用いた甲冑である「重要文化財 歯朶具足」、二代将軍徳川秀忠公が久能山東照宮に奉納した「国宝 桐紋絲巻太刀拵(国宝 太刀 銘真恒 拵)」、徳川家康公の神像である「東照大権現像」など、徳川家康公をはじめとする江戸幕府の歴代将軍に関係する文化財を2000点超…

丸子城は駿河国守護・今川氏の家臣である斎藤安元によって、応永年間(1394~1428年)に築城されました。その後は今川氏拠点の駿河府中の西の入口を守る城として使われ、武田氏が駿河に侵攻してからは田中城とともに駿河西部の攻略拠点として使われました。現在は曲輪、土塁、 空堀、三日月堀、堀切、竪堀、枡形、馬出し等の遺構が残されています。牧ケ谷から歓昌院坂を超え…

井川診療所の歯科医であった佐藤平市郎氏が、60年間の健康に感謝をこめ4年の歳月をかけて建立した大仏です。高さ11m、昭和55年11月1日に開眼しました。毎年10月に例祭を開催。

なまこ壁の家とは、明治から昭和初期に掛けてよく見受けられた様式の一つです。平瓦を壁に貼り、その隙間をかまぼこ状の漆喰で塗り固めた形がなまこに似ているため、その名がつきました。蒲原の地区内では、佐藤家と吉田家の2家で見ることができます。

お休み処(旅籠和泉屋)は、江戸時代に東海道を行く旅人が宿泊をした場所です。旅籠和泉屋だったころは、一つの建物でした。しかし、現在では左側4間が個人の住宅、右側2間弱がお休み処として公開されています。建物は天保年間(1830年~1844年)に建てられ、安政の大地震でも倒壊しませんでした。その為、当時の建物の造りをお休み処で見学することができます。

特別史跡登呂遺跡内にある遺跡と一体化した博物館。2階の常設展示室では出土した貴重な遺物を展示し、1階の弥生体験展示室では弥生時代をリアルに感じられる体験学習も可能。(1階は無料スペースでどなたでも入場可能)

静岡市治水交流資料館は、治水対策事業や過去の水害についての学びの場を提供し、市民の皆様の防災意識の向上を促し、災害に強いまちづくりの推進を図ることを目的とした施設です。また、昭和49年に市内へ甚大な被害をもたらした七夕豪雨についての情報や証言、記録を展示し、水害の恐ろしさや治水事業の重要性を後世に伝える役目を担います。愛称「かわなび」には市内で起き…

安倍川最大の支流「藁科川(わらしながわ)」が安倍川に合流する手前にある川中島で、森はお椀を伏せたような丘を形成し、小さな島は木々に覆われています。「枕草子」のころから、駿河国の歌枕として親しまれてきた場所です。また、本居宣長が撰文を刻んだ石碑「木枯森碑」も森の中に佇んでいます。木枯ノ森の中には石段や鳥居などが見受けられ、頂には木枯八幡宮があり八幡…

本陣跡は、蒲原宿にあった本陣の跡地です。本陣は各宿場町に必ず置かれていました。その役割は参勤交代で東海道を行き来する大名の宿泊場所です。蒲原宿には、東本陣と西本陣の2つがありましたが、本陣跡として残っているのは、西本陣になります。現在の本陣跡に建てられている建物は大正時代のものになりますが、当時のものとして御駕籠石という大名の駕籠を置いたとされる…

日本銀行静岡支店のある金座町には、江戸時代の金座(小判座)が置かれ、「駿河小判」が鋳造されていました。江戸時代初期の慶長小判は、梅ヶ島金山(日影沢金山、関之沢金山、湯ノ森金山)などから集められた金を使って鋳造されていました。日本銀行静岡支店では、日本銀行の役割や業務内容について知っていただくために、店内見学を実施しております(無料)。支店ホームペ…

家康公の駿府大御所時代に最も栄えた金山です。駿府金座で鋳造された日本初の統一通貨「慶長小判」は、ここで産出した金からも造られたといいます。日影沢親水園「魚魚の里」を拠点としての1周1時間ちょっとのコースでは、江戸時代、徳川幕府の財政を潤したであろう鉱山跡、金堀衆の住居跡、八幡神社や山神様の祠、そして過酷な労働で若くしてこの世を去ったであろう金堀衆…

宇津ノ谷峠を越える古道「蔦の細道」の歴史は古く、奈良時代からのものと言われており、「伊勢物語」にも記載があります。豊臣秀吉が小田原攻めの際に新しい道を北側に整備したためしばらく往来が途絶えましたが、現在はハイキングコースとして利用されています。峠の標高は210mで、天気が良い日には富士山が見られます。

多くの人に愛唱されてきた野口雨情作詞、本居長世作曲の「赤い靴」の女の子と、その母親は現在の静岡市清水区の出身でした。全国から寄せられた浄財をもとに「赤い靴母子像」が、清水を見下ろす日本平の山頂に建立されました。

東京ドーム4倍ほどの広さを持つ日本平北麓の緑濃い園内に、野外劇場、屋内ホール、稽古場、研修交流宿泊棟等が点在する静岡県舞台芸術センターの活動拠点です。

蒲原城址は、天文年間(1532年~1555年)の始めの頃に今川氏により築城され、天正18年(1582年)7月に徳川氏により廃城された蒲原城の城跡です。蒲原城は、戦国時代の初期に多く作られた山城のひとつです。峰式の山城と呼ばれ、山頂に本郭(本丸)を設置し周囲に出曲輪(峰を階段状に削って作られた防衛拠点)を配置していました。当時は、山城に適した地形から難攻不落の城…

高さ19m、周囲の長さは60mあり、市指定の文化財になっている大石です。安政の大地震の翌年に大雨により真富士山から流出したといわれています。 現在では大石神社としてあがめられ、安産の石としても知られています。

玉露の里「お食事処 茶の華亭」では、みずみずしい、とれたての食材を心と技で調理する、茶の花のおもてなし。素朴な温もりが膳の上に咲く、旬の風味をお楽しみください。「瓢月亭」からは、美しい自然の風景が眺められ、日本情緒たっぷりの中で気軽にお茶をお楽しみいただけます。
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当山は寛文十年(江戸時代初期)日近大僧都の開いた寺で宗派は日蓮宗であります。東海の名刹と謳われる観富の眺望の素晴らしさから多くの人に親しまれ、「滝口入道」の文豪高山樗牛もこの地に眠って居ります。また 庭園の大蘇鉄と大サボテンは国の天然記念物に認定されて居ります。


今川氏に仕えた連歌師宗長ゆかりの寺。天柱山や丸子富士を巧みに取り入れた借景式の庭園は、国の名勝・史跡に指定され、京の東山を模した竹林から登る月の風景も優れた寺として知られています。

漁師の守護神、興津宗像神社です。海上公開の守護神である宗像神をまつり、平安時代中期の創建と伝えられています。7月31日の例祭では、探湯や芽の輪くぐりの神事が行われます。

志田邸は、安政の大地震の翌年(1855年頃)に建築された町家で、蒲原の最古に属する建物です。外観は、切妻造平入り、瓦ぶきで、土間の戸口には大戸の痕跡があります。また、東海道に面した店の間には、現在でも蔀戸(しとみど)が使われていて、往時をしのばせる雰囲気をかもし出しています。志田邸は、屋号を「やま六」といい、醤油や味噌を醸造した商家であったことから、…

(久能山東照宮へ日本平からロープウェイで行くルートです)徳川家康公はご幼少のころよりあらゆる艱難辛苦を跳ね除け征夷大将軍に就かれました。晩年を駿府(現在の静岡市)で過ごされた家康公は、元和2年(1616年)4月17日に75年の生涯を大成されました。亡くなる直前、家康公は家臣たちに「遺骸は久能山に埋葬すること」を遺命として託されました。二代将軍徳川秀忠公は直ちに…

「帆船オーシャンプリンセス」は、1974年にポーランドで建造され、地中海やエーゲ海、カリブ海を舞台に「地中海の貴婦人」として華やかな社交界で活躍しました。結婚式や披露宴、誕生パーティなど、個人での貸切はもとより、企業の懇親会、接待等でもご利用いただけます。

日本初のすしのテーマパークとして誕生した「清水すしミュージアム」。入場無料の「清水すし横丁」と、2Fの「鮨学堂(すしがくどう)」を中心とした有料ゾーンとに別れています。 「清水すし横丁」では、いろいろなタイプの美味しい寿司をお召し上がりいただけます。
