スポット・体験
- 静岡市の温泉&日帰り温泉施設16選

- https://stg.visit-shizuoka.com/feature/detail_66.html
- 家康公の大御所時代、駿府が日本を動かしていた。

- https://stg.visit-shizuoka.com/feature/detail_35.html
- 四百年前の輝きを取りもどした家康公の墓所。

- https://stg.visit-shizuoka.com/feature/detail_9.html



薩埵(さった)峠の東口のふもとにあり、その昔、脇本陣、茶亭として多くの文人墨客で賑わった所です。明治元年3月7日、幕臣精鋭隊長山岡鉄舟が官軍に追われた際に、望嶽亭の蔵屋敷で漁師に変装、隠し階段より脱出し、当時最新式フランス製十連発のピストルを残して行ったと言われています。当時と変わらない建物、部屋のたたずまいとピストルが歴史を物語っています。
徳川家康の幼少期、竹千代と呼ばれていた時に、人質として今川義元に対面する前にこの神社に立ち寄り、武運長久を祈願したとされている神社です。駿府城の守護神として尊崇され、長きにわたって徳川家の庇護を受けました。

源頼朝の創建で、戦火により類焼した後、武田信玄が再建した寺。大阪冬の陣の発端となった事件を徳川家康に弁明した豊臣家の家臣、片桐且元の墓があります。5月~7月には静岡県の天然記念物「モリアオガエル」の産卵が見られます。

宝台院別院は、昔は照久寺と呼ばれていました。久能山東照宮の西側に位置し、かつて徳川家康公の側近く仕え、信頼が厚かった榊原照久の菩提寺です。元和2年(1616年)4月17日、徳川家康が駿府城で亡くなると、2代将軍秀忠は直ちに久能山に東照宮を造営させました。この際、榊原照久が初代神主に任命され、久能山東照宮の祭主を勤めました。

徳川家康の側室である、お愛の方の菩提寺。お愛の方は家康の苦難の時期を温かく支え、家康の家臣からも人望の厚かった糟糖の妻として知られています。また、本尊は白本尊と呼ばれ、芝増上寺の黒本尊とともに家康の守り本尊となった阿弥陀如来像があります。家康の自画像も所蔵しています。

奈良時代に創建された東海道屈指の名刹。国の名勝に指定されている庭園、家康公が接ぎ木したといわれる臥龍梅のほか、梵鐘・山門・書画など多くの指定文化財があります。境内の五百羅漢は島崎藤村の作品にも登場しています。また、朝鮮通信使ゆかりの寺として国の史跡に指定されています。

奈良時代に名僧、行基が千手観音像を納めたとされる、駿河七観音(安倍七観音)のひとつ。静岡茶発祥の地でもある足久保の山の上にある。駿河七観音はここから始まったとされる。

奈良時代に名僧、行基が千手観音像を納めたとされる、駿河七観音(安倍七観音)のひとつ。静岡市中心市街地を上から眺める徳願寺山の上にあり、今川義元の祖母にあたる北川殿の墓がある。

奈良時代に名僧、行基が千手観音像を納めたとされる、駿河七観音(安倍七観音)のひとつ。静岡県立図書館と県立美術館のある丘の裏手、日本平で有名な有度山の懐にある。別名「ひらさわの観音さん」。

静岡市葵区慈悲尾にある増善寺は地蔵菩薩様を御本尊とし今川氏親公の菩提寺として知られる曹洞宗の古刹。駿河七観音や駿河三十三観音霊場の札所であり、かつては真言宗の慈悲寺(じひじ)が置かれていた。増善寺の歴史は古く、今から1300年ほど前の723年に行基が夢のお告げにて刻まれた千手観世音菩薩を安置し、真言宗として慈悲寺を発足。これが駿河七観音の霊場であり、現…

平安時代に名僧、行基が千手観音像を納めたとされる、駿河七観音(安倍七観音)のひとつ。もとは現在久能山東照宮のある久能山の山頂にあって「久能寺」といったが、武田信玄によって現在の地へ移され、江戸時代末期までに荒廃したものを山岡鉄舟が再興し「鉄舟寺」となった。現在、境内のみ拝観は可能。ただし、本堂や宝物殿などの立ち入りは禁止となります。(2025年1月28…

奈良時代に名僧、行基が千手観音像を納めたとされる、駿河七観音(安倍七観音)のひとつ。弘法大師(空海)を開祖として仰ぎ、7世紀に開かれた学問の寺であった。江戸時代までは大いに栄えたが、明治の神仏分離令と廃仏毀釈運動などによって現在は観音堂のみが残る。静岡浅間神社の廿日会祭で奉納される稚児舞は、徳川家康公によって建穂寺から伝えられたもの。

平安時代の名僧、行基が千手観音像を納めたとされる駿河七観音(安倍七観音)のひとつ。奈良時代に開かれたという。石段を15〜20分登った高台にあり、駿河湾を望むことができる。

日本武尊(やまとたけるのみこと)を御祭神とする神社で、毎年9月20日に例大祭が斎行される。その前後の休日には、龍勢花火(静岡県無形民俗文化財)が盛大に打ち上げられる。

静岡市制施行90周年記念事業の一環として、1978年11月3日(文化の日)に開館しました。当時の市内中心部である駿府城址に位置し、文化芸術活動のシンボルとしてコンサート・ 演劇・伝統芸能・バレエなど様々な分野の作品が上演されているほか、市民の創作活動や講演会、セレモニー等 にも幅広く利用されています。また、主催事業として、ダンス・伝統芸能・ミュージカル等の舞台…

静岡市南アルプスユネスコエコパーク井川自然の家は、青少年が自然に親しみ、自然の中での集団宿泊体験を通して、自然とふれあう、自然から学ぶ、活動を通して学ぶ、を基本理念に開設された社会教育施設です。眼下に井川湖を臨み北に南アルプスの連山を仰ぐ、標高1,000mの地に昭和51年に建てられました。四季折々の変化と野外活動が楽しめる雄大な自然は、心や体を鍛え、夢…

JR清水駅東口(みなと口)にあるホールで、コンサートや劇団公演などが行なわれています。オペラ、バレエ、コンサート、ミュージカル等の多様な舞台芸術に対応できます。

「こっこ」でおなじみの、ミホミでは、誠実に本物の味を追求し、自然素材を使ったお菓子づくりをしております。「こっこ」は、静岡の美味しい水と新鮮な卵から生まれたミルククリームの入った蒸しケーキです。駅構内やサービスエリアなどでお買い求めください。

毎年1月中旬から3月下旬まで、有度山の丘陵約6000平方メートル に約500種の椿が咲き誇ります。園内からは富士山、南アルプスが一望でき、茶室で抹茶も楽しめるほか、食事処、売店も営業しています。
長光寺の奥の吊り橋を渡ったところにある、休耕田を利用したひまわり畑。切り花用の畑は7月下旬頃から、鑑賞用の畑は8月上旬頃から見頃を迎えます。まぶしい黄色と新緑・青い空とのコントラストをお楽しみください。(オクシズウェブサイトより)

しずもーる西ケ谷は、ごみの減量と資源の有効活用が同時に体験できるユニークな施設です。清掃工場の余熱を利用した温泉・足湯のほか、びんを再生利用した吹きガラスや古い着物を素材にしたつるし飾りなどの体験講座も多数開催しています。また、スペース貸出しも行っており、グループ活動や交流の場としてもご利用いただけます。


漆器店の倉庫として建築され、これまで静岡大火や戦災を乗り越えてきました。赤レンガが七間町のまち並みにアクセントを加え、特徴ある景観をつくりだしています。※敷地外からの見学のみ。内部見学(一部のみ)は店舗利用の方以外できません。【静岡市景観重要建造物】


集落の中の少し高い土地に位置する但沼神社境内にあり、鳥居、神社の社殿、樹林を含めて印象的な眺望景観を形成しており、住民に親しまれています。【静岡市景観重要樹木】

駿河湾を望む久能山山腹に位置する石蔵院境内にあり、駿河湾からの潮風にさらされながらも、存在感を示す地域のランドマークとなっています。【静岡市景観重要樹木】


1934年に建築され、象牙色のタイルを基調にテラコッタを多用した外壁と、モザイクタイル貼りのドームを持った塔が印象的な建造物です。国の登録有形文化財にも指定されています。

賤機山(しずはたやま)古墳(こふん)は、静岡平野の中心部に突き出た賤機山の南端の尾根上に造られています。昭和24(1949)年の発掘調査で、古墳は直径約32m、高さ約7mの円墳で、内部には巨石を積み上げて造られた巨大な横穴式(よこあなしき)石室(せきしつ)があり、石室内には大型の刳抜式家形石棺(くりぬきしきいえがたせっかん)が置かれていることが明らかになりました。…

狼煙場は、御殿山の麓から15分ほど登った所にあり、今川氏により築かれた蒲原城の狼煙をあげていた場所と言われています。 ここからは、富士山、愛鷹山、伊豆半島まで見渡すことができます。狼煙場には、展望台やローラー滑り台などがあり、小さいなお子様の居るご家族でも楽しく過ごすことができます。

由比の中心地に位置する本陣公園。江戸時代、由比宿には本陣(大名が宿泊する施設)1軒と脇本陣1軒、旅篭屋が32軒あり、相当な賑わいを見せていたと伝えられています。表門、石垣、木塀、馬の水飲み場などは当時のたたずまいを彷彿させ、生活文化を知る貴重な体験ゾーンとなっています。園内の「東海道由比宿交流館」は、カルチャー、観光、レストの3つのエリアから成り立っ…

十返舎一九の「東海道中膝栗毛」刊行200周年を記念して建てられた銅像。東御門の手前、巽櫓をバックに弥次さん(左)喜多さん(右)がベンチ とセットになって佇んでいる絶好の写真スポット。十返舎一九は静岡市出身。

明治のトンネルは、静岡市と藤枝市岡部町を結ぶ宇津ノ谷峠に明治9年(1876)に開通しました。明治時代の貴重な文化遺産ということで、平成9年に現役のトンネルとしては初めて「明治宇津ノ谷隧道」として国の登録有形文化財に登録されました。また、日本初の有料トンネルとしても知られています。

カルチャー、観光、レストの3つのエリアから成り立っており、由比地区の歴史に触れたり、観光情報の発信、地域のふれあいの場として多目的に利用できる施設です。


JR静岡駅南口広場に、フランスの芸術家ルノワールが制作した彫刻像「勝利のヴィーナス」「洗濯する女」があります。ルノワールは印象派の画家として知られていますが、晩年に約15点の彫刻作品を残しました。この2体の彫刻像は、ルノワール自身が描いた絵画作品を題材としており、どちらも世界に14体ずつしかない貴重なものです。静岡で気軽に触れられる世界の名作に出会…

静岡市埋蔵文化財センターは、明治の元老井上馨の別邸「長者荘」の跡地に埋蔵文化財の整理・保管と活用を目的として建設され、平成16年に開館しました。 埋蔵文化財センターでは、静岡市内の遺跡の発掘調査の出土品の整理作業や報告書の作成作業を行っています。報告書が作成された出土品は収蔵庫に保管され、展示や講座などに活用されます。 埋蔵文化財センター1階は、公…

江戸時代初期から四百年も続いている紺屋(染物屋)で、由比正雪(1605~51)の生家といわれています。藍甕(かめ)や神棚、染物道具、用心篭中などの道具や仕事場が昔のまま残されており、当時の歴史を物語っています。また、裏庭の祠(ほこら)には、正雪を祀ったといわれる五輪塔があります。

江戸時代の水口屋は東海道興津宿の脇本陣でした。明治時代以降には海水浴の宿として、やがて宮家や政治家、文化人の別荘旅館として利用されました。その様子はアメリカ人オリバー・スタットラーの著書『JAPANESE INN』で紹介しており、外国人の間でも水口屋は有名になりました。しかし、昭和60年には約400年続いた旅館の歴史に幕を下ろしました。現在は、その一角を「水口屋…

その名も「次郎長通り」という商店街にあり、清水次郎長や大政、小政の写真、次郎長が使った道具類、資料などを展示。居間なども当時のままに保存されています。次郎長の本名は山本長五郎。山本次郎八の養子で、次郎八の息子の長五郎だから「次郎長」と呼ばれました。次郎長にちなんだお土産物も多数。何でも願い事が叶うという「勝札」が人気です。*建物の老朽化が進んだた…
